2002年08月18日

(04話)その4 カテリナ・ゲルンは身をよじり、夏野なぎさは拍手する

カテリナの乳房への通電が続く。
女主人公は感心して見学している。
次は自分の番だという予感もない。 乳房への通電は、続いて何度も行なわれた。だんだんと電圧が上がっていく。通電時間も最初は1、2秒だったのが徐々に長くなっていく。ゲルン博士が催促するのだ。この通電方法を誇るように、何ボルトでも大丈夫ということを示すように、電圧を上げなさいと上田に言う。

 催促されるたびに上田は井上助教授とやりとりする。
「大丈夫ですかね」
「まあ。やってみろ」
 そう言われて上田は通電装置のダイアルを回す。50ボルトが100ボルトになって150ボルトになっていく。
「じゃあ、いきますよ。今度は3秒です」
 同じことを英語で言ってから、上田が通電ボタンを押す。すると、目の前のカテリナが体を硬直させる。カテリナの顔がゆがむ。ひゅうひゅうと木枯らしが吹くような音が聞こえる。なんだろう。悲鳴だろうか?

 やがてカテリナの硬直が解ける。少しふらついてカテリナは半歩下がった。後ろに立っている遠藤さんがあわてたように手を差し出そうとする。その前にカテリナは姿勢を戻した。大きく息をする。肩と胸が上下する。
「ハァウ、ハアゥ」
 呼吸が落ち着くと、足を元の位置に戻す。遠藤さんも手を下げて半歩戻る。

 ゆっくりとカテリナは胸を突き出した。背中に回した腕に力がはいっている。全然平気だということを見せているみたいだ。

 井上助教授の声が聞こえた。
「ハマコさんも、ぼーとしてないで、よく見ておけよ」
「は、はあ」
 言われなくても、しっかり見ているつもりだ。他人から見るとぼんやりして見えるらしいのはいつものことだけど、なんとかならないものだろうか。一生ぼーとしていると思われ続けるのは勘弁して欲しい。なぎさは眉を上げて真剣そうな顔をした。このくらいしないと、いけないようだ。

 通電実験を見ているうちに、なぎさはひとつの発見をした。

 電気は目に見えないので、傍から見ているぶんには痛さがあまり感じられないのだ。傷が付くわけでもないし、血が流れるわけでもない。通電されている間、カテリナが体を硬直させるだけだ。まるで一人芝居を見ているような感じもする。
(痛みが実感できないんだなあ)
 なぎさは、カテリナの痛みがわかるつもりだ。同じような通電実験を受けている身なのだから、想像できないほうがおかしい。カテリナの体の硬直が解けてほっとしたときに、手をしっかり握り締めていることに気がついたりする。

 でも、通電実験を受けたことが無い人には、痛みを想像できるのだろうか。傷も付かないし、血も流れないのだから、ひょっとしたら、全然たいしたこと無いと思われているのかもしれない。

「じゃあ、200ボルトいきますよ」
 上田の声が聞こえて、はっとする。
(200ボルト?)
 いつの間にそんなに上がったのだろう。カテリナの身体が海老反りになった。人の声ではないような声が聞こえる。カテリナの悲鳴なのだろうか。

 急にカテリナの体から力が抜けたように見えた。通電が終わったのだ。ふらふらとしている。今にも倒れそうだ。
「倒れる」
 なぎさは思わず叫んだ。遠藤さんが腕を伸ばした。後ろから抱きかかえるような感じでカテリナを受け止めた。

 すぐにカテリナの首が動き出した。気は失ってはいないようだ。
「ハウゥ、ハァウ」
 相変わらず息遣いがすごい。そんな中でも遠藤さんにうなずくような仕草をする。

 ゲルン博士がカタリナに近づいた。心配なのだろう。ドイツ語で話し始めた。
(あれ?)
 口調がきつい。ドイツ語だから内容はわからないのだけど、怒っているような感じだ。小さな子供を叱っているような、そんな感じの口調に聞こえる。

 カテリナはゲルン博士の言うことにうなづいている。時々短い返事をするのだけど、これもドイツ語だから何を言っているのかわからない。

 カテリナは足を少し広げて、きりっとした様子で背を伸ばした。手を後ろに回して、また胸を張る。まだ続けるつもりらしい。

 遠藤さんは1歩下がろうとした。ゲルン博士が呼び止めるように何か言った。
「いえす、いえす」
 遠藤さんはゲルン博士に支持された様子で1歩前に出た。ゲルン博士が身振りを交えながら話す。遠藤さんは言われるままという感じで、腕を前に出してカテリナのお腹の前で交差させた。まるで恋人が後ろから腕を回しているように見える。
「おお、遠藤、うらやましいぞ」
 上田が通電装置から顔をのぞかせて言う。
「いや、これは、ちょっと」
 遠藤さんは困った風だ。

 ゲルン博士は、カテリナが倒れないように遠藤さんに支えてもらうつもりなのだろう。

 通電が再開した。

 カテリナは、遠藤さんの腕の中で体をくくっと硬直させた。首が後ろに倒れて遠藤さんの肩に寄りかかる。茶色の髪が遠藤さんの顔の半分を覆っている。胸がぐぐと持ち上がり、見るとカテリナは爪先立ちになっていた。
「おっと」
 遠藤さんは慌てたように腕に力を入れる。カテリナの体が少しねじ曲る。

 通電が止まった。3秒くらい流れていたのではないだろうか。長い。長く感じてしまう。

 カテリナはしばらく首を倒したままだった。胸が大きく上下している。ゆっくりと首を起こし始めた。後ろから支えてもらっているので、安心して体を預けているのかもしれない。

 少し間を取って、通電が始まった。

 カテリナが体を硬直させる。音もなく匂いも無い。ただカテリナが苦しむだけだ。カテリナの上半身が大きく後ろに反った。首が後ろに倒れる。遠藤さんが前よりは落ち着いた感じで、腰を落としてカテリナを抱きかかえた。腕にぐっと力が入っている。暴れないように押さえ付けている感じだ。カテリナの身体は、遠藤さんから逃れようとするかのように大きく海老そりになっている。身体をねじまげ右の胸が突き出されて、その乳房の先に付いているクリップが揺れている。

 カタリナの身体から力が抜けた。通電が終わったのだ。遠藤さんは後ろに傾きかけて「おっと」と言いながら足の位置をずらした。

 カタリナのお腹が上下した。苦しそうに息をする。上がり下がり、上がり下がる。何度か息をしてから、カテリナはゆっくりと身体に力を入れていった。首を起こし、足元をしっかりさせて、姿勢をただす。遠藤さんが小声で何かささやいたのに、少し微笑みながら返事をしている。まだ大丈夫と言っているのだろうか。まだ続けるのだろうか。誰かカテリナの痛みを想像してあげないと。

 再び、200ボルトの電気がカテリナの乳房へ流された。ここの通電装置では、これ以上は上げられない。最大電圧だ。
(うわあ)
 なぎさは見ていられなくなってきた。カテリナがかわいそうだ。

 それでも、何度も通電場面を見ているうちに、なぎさはカテリナの身体の反り方がいつも同じようなのに気が付いた。いつもクリップの付いた右胸を突き出す格好だ。よく見ると、右腕を曲げて遠藤さんの体に押し付けている。カテリナは体の右側を遠藤さんから離そうとしているのだ。

 右の乳房には通電クリップが付いている。遠藤さんの腕にあたると危険だ。だから、きっと近づけないようにしているのに違いない。

 井上助教授が言った。
「遠藤、右腕。電極に気をつけろ」
「はいっ」
 同じことに井上助教授も気がついたみたいだ。

 カテリナは電気を流されながら、遠藤さんを感電させないように身体をねじっている。
(すごい)
 なぎさは、驚いた。こんな人がいるとは信じられなかった。ものすごく痛いはずなのに、他人の心配をしてあげられるなんて。

 井上助教授の声がした。
「ハマ子さん、ちゃんと見てるか。半分はお前さんのためにやってもらってるんだからな」
「は、はい」
 しっかり見てます。そう心の中で言いながら、なぎさはカテリナの姿がにじんで見えなくなっているのに気がついた。あわてて指で拭く。しっかり見なければいけない。

*

 その後、通電は10回ほど続き、カテリナの全身が薄く汗ばんできた頃、やっと終わった。カテリナはぐったりとして、遠藤さんによりかかったまま激しく息をしている。カテリナの身体を支えている遠藤さんは、汗だくと言う感じだ。

 ゲルン博士はカテリナの乳房からクリップを外して、胸に聴診器をあてた。心臓の様子を調べているようだ。しばらくして異常無しと言うようにうなづいた。

 カテリナがゆっくりと身体を起こした。ゲルン博士に気がつくと、両腕を前に伸ばして父親の胸元に倒れこんだ。ゲルン博士はカテリナの頭を手でさすった。よくやったという感じで誉めてあげているようだ。2人はしばらく抱き合っていた。

 誰からとも無く拍手が起きた。なぎさも精一杯拍手する。
「すごいな」
「心臓には全然影響なさそうですね」
 戻ってきた遠藤さんが上田と話している。

 ゲルン博士の補講があった。遠藤さんが行なった補助者は、正式な実験では全裸になるのだそうだ。服を着ていると正しい測定ができないためで、そのために補助者も実験の前10時間は無帯電室で待機する。もちろん、その間は裸で、つまり裸の人間を2人用意するらしい。補助者を使わずに通電椅子のようなものに手足を固定して通電しても良いのだけど、ドイツの実験では補助者がいたほうが良い結果が出ているのだと言う。
(ということは)
 なぎさはドイツでの実験風景を想像した。カテリナは裸で、その後ろに裸の男がいて、金髪で青い目のかっこいい男なのだ、2人は抱き合うように立っていて、2人が見詰め合うと目がきらきらと輝くのだ、カテリナに電気が流されて身をよじらせていると、男が、カテリナ、しっかり、大丈夫だよとささやく……

 井上助教授の声が聞こえた。自分の名前が呼ばれて、なぎさはあわてた。
「……だな、よし、次はハマ子さんでやってみるか」「お、いいですね」
「上田、やれるか」
「はいな」
 上田が通電装置の裏から飛び出した。
「え?」
 何をするのだろう。なぎさは嫌な雰囲気を感じた。

*
posted by AWAWA at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲルン父娘来粟記
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