2001年02月04日

変態合宿(03話)下書・自己紹介



木箱のステージ上では、女子大生が話を続けていた。
「なんか、中学の頃から、すごいコンプレックスで、友達はどんどん大きくなるのに、私は全然で、その、彼氏ができてもあんまり喜ばしてあげれないんじゃないかと思ってすごく、その、あの、悩んじゃって」

確かに壇上の女性の乳房は豊かな方ではなかった。それでも湯上りで火照った体はスタイルもよくむしろ誇っても良いくらいだ。八重子は小さなことにくよくよしているその女性が馬鹿に思えて仕方が無かった。
(まあ、そういう人がいるからこんな合宿にも参加者がいるのよね)
八重子は周りをうかがった。ステージ代わりの木箱の周りに6人の女性が取り巻くように座っている。ステージ上で話をしている女子大生も、その周りで話を聞いている女性達も、全員が何も身に付けていない。裸だ。もちろん八重子も全裸だ。裸であぐらをかくわけにもいかないので6人とも正座をしている。

湯から出たばかりなので、どの女性も火照った肌をしている。もちろん裸で恥ずかしいというのもあるだろう。だが一座の中には恥ずかしいという感情よりも、合宿で何かを得られるのではという感情のほうが強いように思われた。

「そ、そういうわけで、合宿にはすごく期待しています。よろしくお願いいます」
女子大生は礼をすると、飛び跳ねるように木箱から降りた。座布団に座って顔を手で覆う。よほど恥ずかしかったらしい。隣の女性が話しかけている。この2人は友人で、いっしょに申し込んだはずだ。
(やれやれ、一人じゃ何もできないのね)
八重子は冷ややかな目を向けた。

院長が立ち上がった。
「いや、どうも、ありがとう。しかし、どこでお聞きになったのか知りませんが、この合宿は乳房を大きくするのが目的ではありませんぞ」
「ええ?」
「だって」
女子大生が声をあげた。
「私の友達の友達で、前に合宿に参加した子がいて、胸が6センチも大きくなったって言ってたんですよ」
「ほほほ」
院長はマスクの下で笑った。
「もちろん、合宿に参加して乳房が大きくなった方は何人もいらっしゃいますな。この合宿は悪い体質を正しい方向に持っていくのが目的なので、その結果、これまで発育が抑えられていた体の器官が正常な発育を見せることはよくあることですわ」
「じゃあ、あたしの胸も大きくなります?」
「そうですな、合宿の中身を真面目に受けていただければ、かなり苦しい物もありますが、正常に発育することもあるでしょう」
「よかったあ」
女子大生が心底安心した様子で言ったので、部屋の中に笑いが起こった。「では、次の方は「橙」、オレンジ色と言わんとわかりませんかな、お話願います」
「はい」
八重子の前に座っていた女性が立ち上がった。風呂場の女性だった。

*

「橙」の女性は、木箱の上に立つと真っ直ぐ目を向けた。さっきの女子大生とは対照的に落ち着いて見える。だが良く見ると体が小刻みに震えていた。やはり緊張しているのだろう。
「佐賀沙織といいます。23歳、少し前まで学生だったのですが今は無職です」
きゃしゃな体つきだったが、スタイルは悪くなかった。だが、何よりも目に付くのは、右半身を覆う赤い斑点だった。顔から膝まで数センチの間隔を置いて数十の斑点が点在する。
「普段はもっとおとなしい色なんですよ。お風呂に入ると怒ったみたいに赤くなってしまって」
女性達の視線を受けて、木箱の上の女性は苦笑いした。
「それは何かの病気なの?」
1人が質問した。
「皮膚病では無いんです。もう、何度も診てもらったんですけど、原因はわからなくって、アレルギーじゃないかという先生もいるんですけど。あ、伝染はしませんから。おかしな汁が出たりしてることもないです」
女性は手を振って見せた。手の動きとともに乳房が揺れて、乳房の上の斑点も揺れた。
「合宿に参加したのは、これを治すためです。治ればいいなと思っているんですけど、今は半信半疑です。あ、先生方すみません」
院長が「構いませんぞ」と笑った。
「もう長い付きあいなんで、半分、あきらめているところもあるんです。12歳のときから出始めて、最初は薬がきいてたんですけど、だんだん効かなくなって。西洋医学はあきらめて、東洋医学でチャレンジしてみようかという感じで参加しています。どうぞよろしく」
佐賀沙織は八重子が一番あやしいと考えている女性だった。今の話では触れられなかったが、八重子の調査ではジャーナリスト志望のはずだった。分かっている中では片桐双子に最も関係がありそうと思われた。申込書の写真では、顔の右側に斑点は見えなかった。よほどうまく化粧で隠しているのだろう。

院長が「ああ、待ってください」と声をかけた。
「『橙』さんは首飾りをしてますな。それも外してください。ここでは何も身に付けないのが肝心です」
「あ、はい」
「他の方々も首飾りや指輪など、外しておいてください。貴重品はお預かりして金庫に保管しておきますので、ご安心ください」
八重子は指輪を外した。馬鹿馬鹿しいが徹底するなら徹底的に丸裸にすればいい。まさか貴重品を盗んだりはしないだろう。八重子は渡されたビニール袋に指輪を入れて、白衣の男に渡した。森田か林田だ。この2人に裸を見せることになるとは思わなかった。八重子は屈辱を感じて腹が立ってきた。「では次は「黄」色さんですな」

*

「黄」の女性は主婦とだけ名乗った。
「名前はご勘弁ください。それに粟屋市に住んでおりますので、もしかしたらこの合宿の後で街中で顔を合わせることもあるかもしれませんが、その時はどうか知らぬ振りでお願いします」
まだ子供は産んでいないのだろう。スタイルは崩れていない。主婦と聞かなければわからない。
「25歳です。結婚して4年になります。子供はいません。あの参加した理由は子供のことではないのです」
八重子は不妊が参加の理由かと予想していたので、おやっと思った。女性は木箱の上でもじもじした。前の2人は両腕を体の横につけて気をつけの姿勢で話していたが、「黄」の女性は両手を股にあてて隠している。
「実は、その、結婚してから一度も感じたことが無いのです」
「え」と赤の女子大生が声をあげた。八重子も驚いた。こんな理由で参加してくるとは思わなかった。八重子は木箱の上の女性をまじまじと見た。ホテルのサロンで見たとき、申込書の写真と一致しなかった女性の1人だ。
「子供ができないのもそのせいかと思って悩んでいるんです」
「黄」の女性は泣き出した。院長が横から出てきた。「奥さん、「黄」色さん、泣かないで、泣かないで、そのお悩みよく分かりますぞ、子供は天からの授かりものとはいえ、お隣の家もお向かいの家の生まれるのになぜうちでは生まれないのか、さぞかしつらい思いをしておいででしょうな。さあ、もう泣かずに」院長はやさしく「黄」の女性の手を引いた。
「はい、すみません。泣いてしまって、すみません、よろしくお願いします、どうかよろしく」
八重子は「黄」の女性が家庭内でつらい立場にいるらしいと察した。夫や姑から子供ができないのを責められているのだろう。しかし、解決方法を間違っているとしか思えない。こんな合宿に参加する前に、医者でみてもらうべきだろう。「今度は「緑」さん、おねがいしますぞ」

*

「緑」の女性は大柄だった。八重子は162センチある。同年齢の女性の中では背は高いほうだ。「緑」の女性は八重子より5センチは高そうに見えた。女性は手を後ろで組んだ。
「こんばんわ。千葉知枝といいます。知枝は知識の枝です。でもあまり頭は良くないです」
自己紹介のときにいつも使う文句なのだろう。しかし女性の口調がぎこちなくて、誰も笑うことができなかった。この女性も緊張しているようだ。顔が急速に赤くなっていく。
「参加した理由は、自分を変えたいと思ったからです。私、会社に勤めているんですけど、上の人に怒られるとすぐに泣いてしまうんです。誰かに強い言葉で言われると、気持ちがぼろぼろになって、普通じゃいられなくなるんです」
ここで女性は体を前かがみにした。礼をしている様子で、八重子は話の途中なのにもう終りなのかといぶかった。八重子以外の女性達もざわついた。「緑」の女性は体を戻すと話し始めた。
「あ、すみません、何話そうか迷ってたもので。もう会社じゃ、泣く女ということで有名になって、腫れ物にさわる扱いなんですよ。仕事も簡単な事務みたいなのしか回ってこないし」
八重子は聞きながら同情した。「緑」の女性ではなく「緑」の女性の同僚達にだ。こんな女性が同僚では、さぞかし仕事がしにくいだろう。仕事ミスを見つけて指摘して泣き出されたら、たまったものではない。八重子はあきれた気持ちで「緑」の女性を見た。
(からだは立派なのに中身はとんでもないのね)
「緑」の女性の重そうな乳房が揺れた。女性がしゃくりあげたからだ。まさか、ここでも泣き出すのだろうか。八重子は残酷な気持ちで「緑」の女性の表情を眺めた。
「それで、どうしてこんなに弱いのかなと思って、考えてみたんですよ、私の父親がすごい厳しい人だったんです。何かあるとすぐ叩く人で、高校出るまで怒ると叩かれてました。きっと父親の影響だと思うんです。だから、断ち切ってもっと強い自分になりたいんです。今のままじゃいやなんです。何にもできないし、みんなから対等にあつかってもらないし嫌なんです」
女性は泣くことは無かった。やれやれと八重子は思った。
「今も足がぶるぶる震えてすごいんですけど、裸になって、話をするなんて、昨日までは考えもしないことで、これだけでも自分が変わることができたと思えます。この合宿には賭ける気持ちがあるので、がんばりたいと思います。皆さんの足を引っ張らないようにしますので、よろしくお願いします」
「緑」の女性は深々と頭を下げた。まばらな拍手がなった。
「ありがとうございます」
「緑」の女性は嬉しそうに拍手にこたえた。やっと笑顔になっていた。

*

5人目は八重子だった。「青」色だ。スパイ探しの役割にはぴったりの色かもしれない。八重子は木箱の上に立つと背筋を伸ばした。「うわ、すご」と「赤」の女子大生が言うのが聞こえた。八重子の乳房に驚いたのだろう。

八重子は営業の女子社員の振りをするつもりだった。入社3年目で粟屋市を担当している営業職の女子総合職だ。これなら八重子が普段行なっている仕事と、それほどブレは無い。まったく違う職業の振りをすると、思わぬところからぼろが出てしまうものだ。それなら会社の名前だけ秘密にして後は正直に話してしまったほうが良いだろうと考えたのだ。
「入社して3年目です。営業担当で粟屋市を中心に回っています」
声が上ずって聞こえた。やはり緊張しているようだ。全裸で大勢の前で話すことなど、生まれて初めてなのだから。
「えーと、参加の目的は肩こりです。首筋から肩甲骨のあたりにかけて痛くて。痛いのが普通になって、凝ってない頃を覚えていないんですよ。どうにかならないかなと思って」
肩こりがひどいのも本当だった。もっともこの合宿で治すつもりは全く無い。
「あの、肩がこるのは、胸が大きいからじゃないですか」
女子大生がうらやましそうな口調で言った。
「そうかもしれません、でも、つらいんですよ。一日中、憂鬱で」
「香織には縁が無い悩みだね」
隣の友人がひやかした。「紫」の座布団に座っている。自己紹介はまだだった。

院長が言った。
「青さん、肩こりは乳房に悪い気がたまっているのが原因である場合が多いのです。乳房から悪い気を搾り出せば、肩こりもよくなるかもしれませんな」
八重子はあいまいにうなずいた。この合宿で治療行為めいたものを受けるつもりは無い。

*

「藍」色の座布団に座っていた女性が木箱に向かった。ぬいぐるみのかわいい狸に似た雰囲気の女性だった。背は低いが動作に無駄が無い。気持ちの良い歩き方だった。木箱の上に載った女性は、両手を身体の側面に付けた。
「こんばんわ」
大きな声だった。
「広島ひろみと申します。給食を作っています。小学校とか会社の昼ご飯です。今24歳です。もうじき誕生日が来ます。この合宿中に来るはずです」
「藍」の女性は顔ばかりか体全体が赤くなっていた。それでも声は大きく、震えることもない。
「私が参加した理由は、みなさんの理由と比べると、たいしたことないと思われそうなんですが、声を小さくしたいんです。聞いておわかりだと思いますけど、大きな声ですよね、私、普通に話しているんです。よくもっと小さい声で話してといわれます」
確かにこれが普通に話している状態なら、小さい声と言いたくなる気持ちもわかる。電話で話したら、思わず耳から受話器を放してしまいそうだ。八重子は「藍」の女性の腹が大きく波立っているのを見た。豊かな声量を支えるために横隔膜が大きく動いているのか、それとも緊張しているからか。
「声を小さくする手術もあるみたいなんです。でも手術はこわいので、この合宿でもしできるのなら声が小さくなったらうれしいです」
「藍」の女性は顔を真っ赤にして言った。
「よろしくお願いします」
女性達から拍手が起きた。部屋の中に一体感が生まれつつあるようだった。

*

最後の女性が木箱の上に乗った。「赤」の女子大生の友人だということは、自己紹介されるまでもなく部屋の女性達にはわかっていた。
「えー、『赤』の人の友達というか、付き添いで来ました。その『赤』の人は1人じゃ何もできない人なんで、参加費用も半分持ってくれると言ったので、まあいいかなと思って参加したんですけど、裸になるとか聞いてなくて、もう今、どきどきです」
「赤」の女子大生と比べれば肉つきは良かった。乳房も大きい。
「ちゃんと話を聞けばよかったんですけど、なんかだまされたみたいで、ちょっと気が悪いです」
言葉はよどみなく出てくるが、木箱の上の女子大生も顔を真っ赤にしていた。誰もが緊張するのだ。
「なによ、自分も楽しみにしていたくせに」
赤の女子大生がやじった。木箱の上の女子大生は笑った。泣いているような笑顔だった。女子大生は体を震わせた。
「えーと、その、特に悩みは無いんですけど、強いてあげるとですね、胸の大きさが左右で違うんですよね。これ、どうにかなります?」
「正常に発育すれば同じ大きさになるでしょうな」
院長は真面目に答えた。
「わ、本当ですか」
八重子は改めて女子大生の左右の乳房を見てみた。二十歳の張りのある乳房がふたつ並んでいる。サイズが違うようには見えなかった。この子もどうでも良いことで悩んでいるようだ。
(やれやれ)
八重子は女子大生の2人に馬鹿の烙印を押した。

*

7人の自己紹介が終わった。八重子と2人の女子大生を除けば、残りの4人にはそれぞれ参加する理由があるようだった。もちろん嘘である可能性もある。(だが「橙」の佐賀沙織の理由は本物だ。スパイではないか)ジャーナリスト志望であることが少し引っかかったが、まずは、他の3人の理由の真偽を確かめる必要があった。

*
posted by AWAWA at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 変態治療院
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