2001年02月04日

変態合宿(01話)下書・コーポレイト・ガーディアン



7月にはいって間もなく、矢野八重子は新しい仕事をまかされた。
「本社から回ってきた仕事のようだ。大事な仕事なので、君にお願いすることにした」
「わかりました」
書類を受け取る。粟屋市の病院のトラブルのようだった。
「ジャーナリストを名乗る女にかぎまわられて困っているということだ」
「ゆすりですか」
「まだ具体的な脅しはないようだ」
書類を読むと、片桐双子という変わった名前の女性ジャーナリストがトラブルの元らしい。八重子が勤務するコーポレイト・ガーディアン社は、ビジネスをめぐる雑多なトラブルから企業を守る業務を行なっている。A2級社員の八重子にとっては今回の仕事は容易に思えた。

八重子はその病院に電話をいれた。「粟屋市精神力治療院」という少し眉唾な名前に笑ってしまいそうになる。

院長に取り継いでもらい事情をきいた。
「困っておるのですよ」
院長の話では、この医院でおこなっている治療が女性虐待ではないかと、片桐というジャーナリストが因縁をつけているとのことだった。とくに問題なのは、2週間後に行なう予定の合宿に、片桐の仲間が参加している疑いがあり、合宿を開いたものか中止したものか困っているのだという。

八重子は合宿の参加者の名簿をFAXで送ってもらうようお願いした。
「こちらで簡単な調査をしてみます。片桐という女性とつながりがあるなら、それでわかると思います」
結果は来週お持ちしますと約束して八重子は電話を切った。

医院からは会社宛にメールで名簿が送られてきた。最近は小さな個人病院でもメールを使えるところが増えているようだ。

八重子は調査部に依頼書を書いた。まず問題の女性ジャーナリストについてだ。「片桐双子について(ジャーナリストを自称)、経歴、最近2年間の活動内容」。次は合宿の参加者について、期間が短いので女性ジャーナリストとの関係に絞り依頼する。「身元調査、添付の名簿の6人、とくに片桐双子との関係」。医院から送られてきた名簿を印刷して添付する。

八重子は上司から「優先」印を押してもらい、依頼書を送付箱に投げた。社内の手続きはいまだに書類中心だ。

この件はこれでしばらく何もすることは無い。八重子は別の仕事にとりかかった。大事な仕事だと言われたが、他にも仕事は抱えている。ひとつの仕事にだけ時間を費やすわけにはいかない。

*

数日後、八重子は粟屋市を訪れた。粟屋市精神力治療院は個人病院としては大きな部類だった。入院施設もあるようだ。

八重子は応接室に通され、院長と事務長ら3人と対面した。

最初に八重子は合宿の参加者を調べた結果を伝えた。調査部からの回答では、参加者6人の身辺にこれといって怪しいところは無いということだった。
「特に片桐氏とつながりがある人物はいないようです」
「ということは参加者の中にスパイはいないということですかな」
「絶対とはいえませんが」
スパイがいることを見つけるのは簡単だが、スパイがいないことを証明するのは難しい。八重子自身は調査部の調査結果と逆のことを考えていた。事務長の森田が言った。
「まあ、問題は無いと言うことでしょう。スパイがまぎれているなんて、ありえませんよ」
「それはどうかな」
副院長の林田が言った。
「油断は禁物だ」
「馬鹿馬鹿しい、スパイ小説じゃあるまいし。うちの合宿をさぐってどうなるんだ」
院長は八重子を見た。
「あなたはどう思いなさるかね」
「スパイはいると思います」
「ほう、なぜ?」
八重子は片桐双子に関する自分の考えを述べておこうと思った。片桐については調査部から回答を得ていた。
「問題となっている片桐氏は、現場を大事にする人物のようです。2年前に粟屋製薬の女子陸上部が解散しましたが、あれは片桐氏が解散に追い込んだのだと聞いています」
「そうなのか?」
森田がおどろいたように言った。
「でも、なぜ陸上部なんか解散させたんだ?」
「粟屋製薬の女子陸上部では、かなりきびしい練習が行なわれていたそうです。私も詳しくは知りませんが、片桐はそれを女性虐待と見たのだと思います」
「それで解散ってのもやりすぎじゃないか」
八重子は林田に言った。
「やりすぎだと思います。ただ、片桐は解散させて当然と考えたのでしょう。片桐がどのような方法をつかったのかはわかりませんが、陸上部の夏合宿に単身乗り込み、その場で監督とやりあったそうです」
「あそこの監督とは古い付き合いじゃよ」
院長がしゃべり始めた。
「なんでも夏に山奥で選手達を合宿させていたら、女が現れて、あれこれ文句をつけ始めたそうじゃ。選手を殴るのはおかしいとか、体罰がどうとか。監督も古い世代者かならな、口よりは手が先に出てしまう、それを虐待と言われてはかなわんな」
「そうですね」
「我々の合宿も誤解されやすいな、気をつけないと」
八重子は話を続けた。
「片桐は粘り強く慎重です。粟屋製薬の件では2年間も取材を続けていたそうですし、地道に証拠を拾い集めていく手法をとるようです。であれば、参加者に片桐の協力者が混じっている可能性は無いとはいえません」
「うむ」
院長はうなずいた。
「気をつけた方がよさそうじゃな。だが、あんたの調査では怪しい者はおらなかったのじゃろう」
「はい」
調査では参加者の6人には誰も片桐とつながりは無かった。もっとも調査期間が数日しかなかったので、調査漏れはあるかもしれない。
「その調査は大丈夫なんだろうな?あんたがやったのかい?」
「は」
林田の言葉に八重子はカチンと来た。
「まあまあ」
院長が制した。
「矢野さん、合宿は開催するしかなさそうですな。なにしろ準備に金がかかっているので、今更、いるのかいないのかはっきりせんスパイのために中止するわけにもいかん」
八重子はうなずいた。調査が足りないとは思っていないが、スパイの存在を見つけることができなかったことには責任を感じている。
「とはいえ、このまま合宿をはじめて、その片桐という女におかしな弱みを握られてはかなわん」
「はい」
「そこでじゃ、ひとつ、あんたが合宿に参加してスパイを探してくれんかな。同じ参加者に混じればスパイも見つけやすかろう」
「私がですか?」
八重子は驚いた。
「どうじゃろうね」
院長は人のよさそうな顔を向けている。八重子は考えた。この件にそこまでのめり込む価値は見出せない。合宿は2週間と聞いた。その間、他の仕事ができなくなるのは致命的だ。しかし八重子はやってみたいという気持ちも抑えられないでいた。
「少し、時間をください。スケジュールの調整もありますので」
八重子は部屋を出ると上司に電話を入れた。治療院の件で合宿に「参加調査」を依頼されたことを伝えると、上司はしばらく考えた末に承諾した。
「矢野君の仕事は他の人間に割り振るので、しばらくはこの件に注力してください」
「はい」
「期間は今日から1ヶ月で良いですね?」
「はい、充分です」
「片桐については情報が十分ではありません。今後のこともあるので、情報収集をお願いします」
「はい」
「期待していますよ」
八重子は会社が今回の件を重要視していることを感じた。

*

八重子は部屋に戻ると、院長に合宿に参加することを伝えた。
「やれやれ、それは心強い」
院長はうれしそうに言った。森田も林田もほっとした感じだ。憎まれ口を叩いていても、不安は不安だったのだろう。
「これが合宿のパンフレットです。今度の日曜日からです」
林田が差し出した書類を受け取る。「体質改善合宿」と大きな文字が載っている。ぱらぱらと見ていこうとしてページの下に書かれている文字が目にとまった。
「全裸」
ページをめくろうとした手が止まった。目が文章をとらえた。
「この合宿は全裸で行ないます」
八重子は同じ個所を何度も目で読んだ。何度見ても同じだった。八重子は唖然とした。

*
posted by AWAWA at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 変態治療院
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