1999年10月03日

(15話)美樹・逃亡1

美樹は少年に導かれて逃亡を図る



美樹は顔を上げた。足音が聞こえたように思えたのだ。しばらく耳をすませたが、音は聞こえない。
(気のせい?)
両足が震えている。おびえているのだ。男が「来週」と言った期日が近づいている。それは今日かもしれなかった。

美樹は毛布の上に腹ばいになると、顔を伏せた。

男は言っていた。股間鞭打ち五十回、それに耐えれないときは顔をアイロンで焼くと。
「助けて」
美樹はすでに一度失敗している。股間を打たれる激痛に悲鳴をあげた。ほんの短い悲鳴だった。しかし、男は鞭打ちに耐えられなかったと判断したらしい。美樹は罰として股間をアイロンで焼かれた。二週間前のことだ。

美樹は、自分が鞭打ちに耐えることが出来るとは思えなかった。打たれるだけならまだしも、無言であの痛みに耐えるのは無理に決まっている。

美樹は顔をアイロンで焼かれる恐怖を思った。ひんやりとした感触がよみがえる。男にスイッチの入っていないアイロンを顔に載せられた記憶だ。何度も何度も繰り返される悪夢のような記憶。アイロンは徐々に熱くなり肌を焼き始める・・・。
「助けて、誰か」
美樹がつぶやいたとき光がさした。

鉄格子の外の暗闇から光がさし込んでいた。

美樹は身体を強張らせた。男が来た。とうとう、その日が来たのだ。

美樹は動かなかった。男は責める女をその日の気まぐれで選んでいるように思える。幸運がはたらいて、今日も選ばれないかもしれない。呼ばれるまでは動かないことだ。

光は懐中電灯らしい。今までに無いことだった。男が美樹を呼びに来る時は、事前に電灯が付いて倉の中は明るくなっていた。今、鉄格子の外は暗い。

美樹は身体を動かさないように気を付けながら、光を目で追った。不思議なことに、光の動きにおどおどした感じがある。脅えているように思える。闇を照らしたら、そこに化け物が居たらどうしようかという感じだ。

いつもと違う。

美樹は顔を上げた。その気配に気づいたのか光が美樹を照らした。
(まぶしい)
美樹は、まだ動かなかった。手をかざしたりしない。目を細めて光の動きを追った。あの男かもしれない。ここで動くと選ばれて、そのまま鞭打ちということもありえる。

光は美樹の周りを何度も行き来した。美樹の顔を長い時間照らす。まるで、美樹が動くのを待っているようだ。

しかし、美樹は腹ばいのまま動かなかった。顔だけは光の方向に向けている。目を細めているので、鉄格子の外からは眠っているように見えるはずだ。

やがて規則正しい音が聞こえてきた。鉄格子を指でたたいているらしい。美樹は身体が熱くなっているのに気がついた。異変が起きているのは確かだ。

美樹は光に手をかざした。

立ち上がる。ゆっくりと鉄格子に近づいた。鉄格子の外に立っているのが、あの男ではないのがわかった。一回り小さい感じだ。
「誰?」
美樹は小声できいた。相手は何かを取り出そうとする気配を見せた。光が動く。やがて光の輪郭の中に汚れた紙が現れた。
(ああっ)
一目でわかった。美樹が「助けて」と血文字を書いた紙だった。倉の中に迷い込んできた猫の首に結んで放したのだ。
(助かった)
美樹は鉄格子にしがみついた。
「助けて」
鉄格子が金属製の音をたてる。
「鍵は?」
相手が初めて声を出した。子供のような声だった。
「早く出して」
美樹は小さく叫んだ。
「早く」
相手は鉄格子から離れた。光が動き始める。美樹はこのまま置いて行かれるのかと恐怖に襲われた。
「行かないで」
しばらくして、鍵を探しているのだと気づく。心臓の鼓動が早くなっている。

光が戻ってきた。鉄格子の鍵穴を照らす。金属製の音がした。鍵が開いた音だ。

美樹は鉄格子を押した。開かない。もう一度押す。まだ開かない。引いた。鉄格子は何の抵抗も無く開いた。

脱出

美樹は外に飛び出した。

鉄格子の外には少年が立っていた。背は美樹より高いが、きゃしゃな身体だ。途惑ったような表情を浮かべている顔は、まだ幼い。

少年は光を動かした。美樹に光を投げたあと、あわてたように天井を照らす。
「助けに来てくれたの?」
美樹は当たり前のことをきいた。少年は頷いたようだった。
「猫を見つけたの?」
「うん」
少年は短く応えた。

鉄格子の外は狭い通路だ。どちらに行けば倉から出られるのだろう。
「出口は?」
美樹が尋ねると少年は動き出した。それは美樹が責められる時に連れていかれるのと同じ方向だった。

美樹は一瞬ためらった。恐怖に身がすくむ。少年は足元を照らしながら進んでいく。美樹は後を追った。

異臭がした。

美樹達が責められる部屋に入ったようだ。これは血と体液の腐った臭いなのだろうか。

少年が振り向いた。光が旋回する。

突然、部屋全体が明るくなった。美樹は立ちすくんだ。

振り返ると、男がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。手に持ったバットを振り上げている。

美樹は、同じように立ちすくんでいる少年を突き飛ばした。
「逃げて!」
少年は驚いたような表情を見せた。

この子だけでも逃げ出せば助かる。外に出て誰かに伝えてくれれば助けに来てもらえる。

美樹は叫んだ。
「早く!」
少年は逃げ出す様子を見せなかった。恐怖で足が動かないようだ。
「逃げ」
もう一度叫ぼうとして、美樹は腿に烈しい痛みを感じた。風を切る音が少し前に聞こえた。バットで足を撲られたようだ。美樹は転倒した。

目の前に男の足が見えた。美樹は男の右膝を捕まえた。両腕で掴む。少年を逃がす時間を少しでも稼ぎたかった。

男は美樹を振り払おうと足を動かした。美樹はしがみ付きながら叫びつづけた。
「逃げて、早く逃げて」
男の左足が美樹の腹を蹴った。それほど痛くは無い。美樹は足を曲げて腹を守った。

バットが振り下ろされた。背中に痛みが走る。二度三度と撲られる内に、男の力に手加減が無くなって来た。

美樹は痛みで気を失った。

*
posted by AWAWA at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・折檻倉
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