1999年01月10日

(19話)その19 夏野なぎさは花見弁当を食べ、雲野霧子を見つける

研究室の面々は花見へ出かける。
ほっかりと空いた時間。
女主人公は去年の特別実験研究生の記録を調べる。

昼食を食べた後、なぎさは金網のベットに横になって考えつづけた。控室には、暇をつぶすものが何も無いので、考え事をするしかないのだ。
(訓練とか言ってるけど、人間の体は電気に慣れることできるのかな)
なぎさは、天井を見上げながら思う。金属製の天井は模様ひとつない。
(200ボルトの電気を流すなんて)
今のなぎさには無理に思える。
(去年の実験生の人も同じ訓練を受けたのかな)
なぎさは、相田教授から見せてもらった写真を思い浮かべた。裸で通電椅子に座って、体をよじらせている女性の写真だ。顔はマジックで塗りつぶされてるのでわからないが、多分、手ぬぐいを咥えているに違いない。
(訓練の効果はあったのかな)
井上助教授と上田が「去年は2ヶ月かかった」と話していた。なぎさの訓練はまだ5日目、始まったばかりだ。心配するのは早すぎるのかもしれない。

なぎさは、うとうととして来た。いくら考えても結論は出てこない。材料が少なすぎた。今朝は不調だったけれど、今夜の訓練では調子が戻るかもしれないし。

なぎさは眠ることにした。お昼寝だ。

*

そろそろ夕方だろうと思われる頃、廊下側の扉が開いて上田が入ってきた。
「ハマ子ちゃん、今夜の訓練は無し。今から新人歓迎をかねた花見にみんなで行くから」
廊下から人のざわめきが聞こえてくる。研究室総出で花見へ行くらしい。控室の中に春の宵の甘い空気が流れこんで来た。
「ハマ子ちゃんも来る?」
「え」
なぎさは首を振った。お花見は行きたいけれど、今朝挨拶回りで裸を見せて歩いた人たちに会うのは恥ずかしすぎる。
「じゃあ、花見弁当」
上田は弁当とビール缶を差し出した。
「はあ」
弁当は紙の容器だ。金属製でなくてもいいのだろうか。
(今夜の訓練が中止だからいいのかな)
なぎさは納得した。
「じゃあ」
上田は出て行った。

なぎさは弁当を開けた。握り寿司が入っている。ビール缶も開けた。お酒はあまり好きではない。コップ1杯のビールで顔が赤くなってしまう。このビール缶も半分くらいが限界だろう。缶を傾けすぎて口からビールがこぼれた。首を伝って乳房のあたりまで濡れてしまう。腿の上にビールが点々と落ちた。
(ありゃりゃ)
裸だと、こぼれたことがすぐわかる。濡れると冷たいからだ。

すぐに顔が熱くなってきた。鏡を見たら赤くなっているだろう。なぎさは、ひとつ発見をした。赤くなっているのは顔だけではなく、全身が赤くなるのだった。腕も、足も、お腹も赤い。
(酔うと体中が赤くなるんだ)
父親の晩酌姿が思い浮かんだ。なぎさの父もお酒に弱い。すぐに顔が赤くなっていた。

*

なぎさは、目を覚ました。

花見弁当を食べた後、好い気分で寝てしまったらしい。顔を触ってみると、すでに熱くはなかった。足も腕も赤くない。酔いはさめたようだ。

なぎさは、廊下側のドアを細く開けてみた。上田が花見弁当を持って来た時は、廊下は人の行き来でざわついていた。今はしんとしている。嘘のように静かだ。近所の研究室も揃って、花見に出かけたのかもしれない。なぎさは扉を閉めた。控室には時計が無いので時刻がわからないが、きっと8時か9時ころだろう。

なぎさは実験室に通じるドアを開けた。

ブーーーーーン

低音が響く。真っ暗だ。手探りでスイッチを探す。
(これかな)
押してみると、「パッ」「パッ」という音がして天井の蛍光灯が灯った。

中へ入る。

去年の実験生の記録を見てみたい。

上田が時々見ているノートに去年の実験の記録が書いてあるはずだ。それを見れば、人間の体が電気になれることができるのか、今やっている訓練が無駄でないのかわかる。

なぎさは大判のノートを探した。

1冊はすぐに見つかった。中を見ると、なぎさの記録だった。背表紙に「1998年・砂田浜子」と手書きされている。

机の上にノートは他に見当たらない。

なぎさは机の引出しを開けてみた。写真が何十枚とあった。裸の人間が写っているようだ。なぎさは1枚を手に取った。なぎさの写真だった。
(なんだ)
通電椅子に座っている写真が何枚も有る。身をよじったり、首をうなだれたり(気を失っているのかな)、様々な格好が撮影されている。なぎさは、思っていたほど変な顔で写っていなかったので安心した。顔は涙と鼻水でぐしょぐしょになっていたはずだが、全身写真ばかりで顔のアップはない。おかげで涙も鼻水も見えない。

なぎさは別の引出しも開けてみた。グラフ用紙が乱雑に入っているだけだった。
(無いなあ)
去年の記録は片付けられてしまったようだ。

*

なぎさは、ノートパソコンに目をとめた。実験のデータが残っているかもしれない。ふたを開けてみる。電源を入れるかどうしようか決めていなかったのに、画面が瞬いて、ウインドウが現れた。
(上介め、電源切るの忘れてたな)
なぎさは、上田のことは「上介」と呼んでいる。井上助教授は「井の介」だ。

少し考える。まず自分のデータを探してみよう。その近くに去年の実験生のデータがあるかもしれない。ファイルの検索をメニューから選ぶ。「砂田浜子」と入力して検索を始めた。
(あるかな)
やがて「1998 砂田浜子」というフォルダーがみつかった。近くを探してみる。ひとつフォルダーを上がると、「1998 砂田浜子」のとなりにそれはあった。
「1997 雲野霧子」
なぎさは、しばらくノートパソコンの画面を見つめた。くものきりこ。相田教授が付けた仮の名前なのだろう。相田教授に見せてもらった写真に写っている人に違いない。

見つかったフォルダーはそれだけではなかった。「1994」、「1995」、「1996」と名前のついていないフォルダーが3つも並んでいる。少なくとも実験は5年間続いているようだ。

なぎさは、思い切って「雲野霧子」さんのフォルダーをクリックした。とたんに警告音が鳴った。
(わっ)
なぎさはあわてた。パソコンは得意ではない。知っている範囲内なら何とかなるが、知らないことが起きるとお手上げなのだ。画面に現れたウインドウには、「このフォルダーにアクセスするにはパスワードの入力が必要です」と書かれていた。なぎさは少し落ち着いた。おかしな事が起きたのではなさそうだ。雲野霧子さんのフォルダーには、パスワードがかけられているらしい。部外者お断りということか。

なぎさは、ウインドウの「キャンセル」ボタンをクリックした。パスワードを知らないのだから仕方ない。それに、あまり触ると壊れてしまいそうでちょっと怖くなった。

なぎさはウインドウを閉じると、ノートパソコンのふたをしめた。電源は付けたままにしておく。

今夜の探検はこの位にしておこう。なぎさは実験室の中を見回した。机の引出しを開けたままにしていたのに気づいて、あわてて閉める。
(あとは大丈夫と)
なぎさは控室に戻った。

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