1998年11月29日

(16話)その16 夏野なぎさは訓練を再開し、見学者を迎える

第2週の訓練の始まり。
女主人公は通電訓練を再開する。
思わぬ見学者が現れる。

挨拶回りから帰ると、控え室には誰も居なかった。なぎさは、金網のベットに腰掛けた。一休みだ。

ものすごい人数に裸を見られてしまった。実際に自分がやってきたことなのに、実感が無い。まるで夢のようだ。

なぎさは両手を頬に当てた。
(少し熱い)
興奮が冷めていないのかもしれない。挨拶回りの間に、なぎさは自分でも不思議なくらい気分が高揚していた。恥ずかしいという感覚はいつのまにか無くなって、裸でも全然平気だったのだ。

ところが、控え室に戻ってきて、少し落ち着いてみると、とんでもないことをしてきたのだなあと思う。体が震えてきた。もう一度やれと言われても絶対無理だろう。

高揚した気分は、自分を誤魔化すための心理的な防衛反応だったのかもしれない。その反動のせいか、すっかり疲れた。なぎさは、落ち込んでしまった。

ドアが開く音がした。
「ああ、いたいた」
上田の声だった。なぎさは顔を上げた。
「ハマ子ちゃん、終わった?」
なぎさはうなずいた。
「じゃ、遅くなったけど始めようか」
ああ、そうか、訓練をするんだった……。なぎさは思い出した。

*

実験室の中は先週と何も変わっていなかった。

通電椅子がある。垂直な高い背もたれの金属板に「コ」の字型の水平な板が付いている。訓練でお世話になる椅子だ。

先週はじめてこの椅子に座った時は、随分と苦労させられた。「コ」の字型の板が意外と幅広くて、それよりも大きく足を開くのは大変だった。最初の二日間は何の工夫も無く座っていたが、何度やっても大変さには変わりが無い。なぎさは、いろいろ試しているうちに、偶然よい方法に気がついた。足を広げたまま腰を降ろすのだ。それはコツみたいなもので、わかってみると簡単に座れてしまえるのだった。

なぎさは、まず椅子を背にして立ち、両手を椅子の手すりに置いた。それから足をゆっくり曲げて床から浮かした。両足を広げていく。端から見ると器械体操のように見えるかもしれない。「コ」の字型の板の幅と同じくらい足を開くと、からだを支えながら椅子に腰を下ろしていった。そのまま座ってしまう。

この方法の欠点といえば、少々恥ずかしいという点だった。どうせ座ってしまえば同じなのだけど、座る前から足を開いているのはなぜか恥ずかしい。それくらいだ。

遠藤さんがじっとこちらを見ている。座り方が気になるみたい。かなり変な格好なのは充分承知しているので、構わない。なぎさとしては創意工夫の結果なので、少々格好が良くなくても平気だ。

椅子に着地して足の位置を少し調整していると、遠藤さんが近づいて来た。なぎさが黙って手すりの輪に手首を通すと、遠藤さんが輪を閉じて金具を回した。手首が動かなくなる。

続いて、遠藤さんは両膝の金具を固定した。これで手足の自由が無くなって、身動きが取れなくなった。少し緊張する。通電椅子に座るのは数回目だが、この瞬間は毎度緊張してしまう。歯医者の診療椅子に座ってしまった瞬間に似ている。

なぎさは、息を吸ってゆっくり吐いた。

遠藤さんは機械の影に移動した。機械音が響く。通電装置のスイッチをいれたようだ。

上田がノートを広げている。
「先週は、90ボルトか」
なぎさの頭の中に、この前の金曜日の夜の訓練の記憶が蘇った。5時間も続いた訓練で、90ボルトの電気を100回以上流された。上田たちは100ボルトまで行きたかったらしいが、なぎさは90ボルトより上は耐えられなかった。おかげで訓練はなかなか終わらず、5時間も続いたのだった。

なぎさは90ボルトが限界だと思う。からだの痛みにそれ以上は耐えられそうもない。
「ハマ子ちゃん、今週は150ボルトが目標だよ」
「え」
「がんばってよ」
上田は気楽な口調で言う。しかしそんな高い電圧に耐えれるとは思えない。90ボルトですらやっとなのに。

遠藤さんが、なぎさの足元にしゃがんだ。股間に電極を付けられる。金属製のクリップで肉を挟まれた。
(痛っ!)
なぎさは、股間の痛みをまぎらわせるために、腰を浮かせたり首を傾けたりを繰り返した。痛いのは最初だけだ。しばらくすると痛みは忘れることができる。

*

上田が言った。
「遠藤、用意いいか」
遠藤さんは、なぎさの足元にいて、まだ股間に視線を投げていた。電極の様子を見ているのかもしれない。
「遠藤、いいのか」
遠藤さんは立ち上がった。
「はい」
「最初は、70ボルトから始めるか」
「そうですね」
遠藤さんは通電装置の影へ動いた。電圧を決めるスイッチがそこにあるのだ。
「電圧70ボルト」
「70ボルト」
カチッ、カチッ、カチッ。
「時間は1秒」
「はい、1秒」
カチッ、カチッ、カチッ。
「内部抵抗は5キロ」
「内部抵抗5キロ」
カチッ、カチッ、カチッ。
「いいか」
「電圧70ボルト、抵抗5キロ、時間1秒です」
来る。なぎさは身構えた。
「流せ」
「はい」
遠藤さんの返事と同時に、股間に電気が流れた。
「はう……」
反射的に、腰が浮く。一日休んだせいなのか、きつい。

身体が反りかえった。背中を丸め気味にしていたので、首が後ろへ動いて後頭部が椅子の背もたれに当たった。
「あ、痛っ」
油断していた。電気を流される時は、背を伸ばして背もたれに頭を付けておくよう注意されていたのだった。すっかり忘れていた。

ぶつけたところが結構痛い。こぶができたかもしれない。手で触って確認できないのが、じれったい。

上田が言った。
「ああ、手ぬぐいを忘れてた。持ってくるわ」
上田も、うっかりしていたようだ。あわてた感じで出て行く。なんだか頼り無い。
(大丈夫かなあ)
少し不安だ。

*

上田が戻ってきた。足音が多い。一人の足音ではなかった。ざわざわと声も聞こえる。

なぎさが目を上げると、上田に続いて数人の男たちが入って来た。
(わっ)
なぎさは、あわててからだを隠そうとした。しかし、椅子に固定されているので手足を動かせない。何もできない。観念するしかなかった。

男たちの一人が思わずという口調で言った。
「うひゃ、ホントに裸でやってるぜ」
なぎさは、どきっとした。思わず下を向く。

上田でも遠藤さんでもない声が言った。
「井上さんは居ないんだよな」
上田が答えた。
「出張中」
「あ、そう」
「な、前の方から見せてもらってもいいかな」
数人が移動する気配がする。なぎさは、顔を下に向けたままじっとしていた。ぼそぼそと声が聞こえてきた。
「……丸見えだ……」
「あそこに電気流すの……」
「おねえさん、よくやるうう」
「もしか……好きなんじゃないの……」
遠藤さんが言った。
「上田さん、この人たちは」
「ああ、見学。訓練を見たいそうだ」
上田が答えた。声が不機嫌だ。椅子に近づいて来た。
「ハマ子ちゃん、手ぬぐいだよ」
なぎさは顔を上げた。口を開ける。上田が手ぬぐいの腹を押し込めて来たので、なぎさは手ぬぐいをくわえた。しっかりと噛む。

手ぬぐいをくわえるのは、通電された時のショックで舌を噛まないようにするためらしいけれど、なぎさは、「覚悟を決めろ」と宣告されているように感じてしまう。
「それと、首輪」
上田が鉄の輪を見せた。通電の衝撃を弱めるために首や手首に付ける金属製の輪だ。これも忘れていた。なぎさは、頭を後ろに反らした。首輪を付けてもらう。
(70ボルトなのに結構きつかったのは、これを付けてなかったからかな)
金属音がして上田が手を離した。首輪がはまったようだ。

なぎさは、首をおろした。あごに金属製の感触がある。

上田が言った。
「遠藤、始めるぞ」
「はい」
なぎさは背を伸ばした。

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